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September 11, 2004

八木氏 辺野古レポートNo.4 2004.09.09

信州から沖縄へ行っている仲間からの「辺野古レポート」です。
マスコミが詳細を伝えない現地の様子を知ってください。

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No.4
04.09.09 2-2

 名護市内某ホテルにて、突如として「中間総括」します。長文ですが、お手すきの際にでも読んでいただければさいわいです。

 まず、出発前と今とで、気分的にはここにいる目的が変化しています。
 最初は「何はともあれ見ておこう」「長野からのおもいを伝えよう」という感じでしたが、今は着工の阻止そのもののために動いている気分です。
 いつそうなったのかは定かでありませんが、いつの間にか、そうなっています。現地は、他所(しかも「日本」)からの「見物客」や遠方からの応援者の期待に応じる程、緩やかではないことを感じたからかもしれません。
 いや別に、現地の人たちの心が狭いとかパンク状態になってるっていうわけじゃないですからね。とにかく、あくまでも「着工の阻止」を最優先の課題にしているというだけのことです。その課題に集中すればする限り、長野にもってかえる写真撮影の便宜をはかるとか、遠方からの「ヨロシク」に対応して、丁寧にこれまでの経緯や問題の在りようを教えるような仕事は、彼・彼女らにとっては負担の増加になるでしょう。
 
 現地をよく見て、交流し、可能なら今後の交流の足がかりを得たいと思っていた私は残念ながら、その時点で現地の人たちの思いとかけ離れたところにいたんだ、と感じざるを得ません。同様の期待を私に託してくださった方も多いかと思いますが、すみませんが、十分に応えることはできなさそうです。

 とりあえず今は、座っています。着工阻止を目的に。長期的にはともかく、現地にいるわずかな時間を、これまで143日間座り込んできた人たちの要請に従い、求められる役割を果たすのが、スジだろうと思ったからです。そうすると、持ち場を極力はなれず、極力ウロウロせず、座り込んでいることが基本的な今日の私の動き、ということになります。撮影も、これまでの経験では、権力や地域住民とのトラブルの原因になりがちな要因だったようで、結構、シビアに制限されています。ていうか、これは「何かあった時とか、皆で写真撮影してたりしたら座り込み部隊がいなくなるでしょ? それじゃ何のために来たのかわからんでしょ?」というシンプルな理由も大きいようです。
 
「着工阻止」の目標を共にし、その獲得のため動く(というか動かず座る)以上、結構「厳しい」参加形態には、なります。 
 「誰でも自由に参加してください」とか「ひとりひとりの自由なアピール」とかを重視し、またそういう作風に慣れてきた私は、基本的に行動主催者からの規制に反発します。私からの報告を見たかたの中にも、「うわっキッビシぃ!」とか思うかたもいるかもしれませんが、ちょっと想像してみてください。

 辺野古は「ド」が付く田舎です。松本周辺の村部のかなり僻地に、海が付いてるくらい。そんな村に突如150人とかの得体の知れない集団が、あろうことかテント張ってなにやら一日中、毎日座ってるのですから、それだけでも大事件です。ふつーに。全員が整然と座ってるだけでも、そうなのだから、150人が自由にウロウロウロウロしてたり、車道にワラワラワラワラたむろしてたり、あちこちカシャカシャと撮影しまくってたら、そこを生活の場にしている住民(基地容認と反対の狭間で揺れる人たち)は、あっという間に敵になるでしょう。
 そんなことで、外から来た私たちが、8年にわたる現地のひとびとの作り上げてきた関係を水泡に戻すわけには、やっぱ、いかんよな~。
(でもタバコだけはがまんできません。なんてったって、「緊張」と「両手が空いている」という喫煙欲求二大要件が、1日中整っているのだから、ついついちょこちょことタバコを吸いに立ち上がってしまうのです。「ずっと緊張しながら、ずっとヒマ」。これで煙草が増えないわけがないわけで。明日はもっと減らすぞー。)
 
 つまり、現地の主催者にとって、外から来た私たちの存在は、勝利のために不可欠の要素でありながら、一歩間違えば、これまでの運動をたやすく瓦解させる危険でやっかいで迷惑な存在でもあるのです。おそらく気づかないところで、私は多くのご迷惑をかけていることでしょう。足をひっぱっているでしょう。

 思うに、これまで沖縄の闘いにとって、「日本」から「連帯」しに出かけていく人とは、常にそういう存在だったのでしょう。
 以前、集会で横須賀の新倉さんが語った「エネルギー保存の法則(沖縄に行くと皆元気になって帰ってくるけど、それは現地のエネルギーを吸い取ってるからだ、という仮説)」そして「僕は安易に沖縄には行かない」という言葉が、身にしみて思い出されます。

それでも、そうであってもなお、全国に、辺野古への結集を呼びかけ、共に闘う選択をした現地の人々の思いを、ぜひ想像してみてください。
……とか言って、私は想像しきれていません。現地にいながら。「現地に来れば分かる」なんて真っ赤な赤色ウソピョンです。わけ分からないことが増えてくばかりです。しかも、そのわけ分からないところを、聞く言葉すら出てこないことが、とてももどかしいところです。
 正直に言って、長い一日、居心地の悪さを感じることも多いです。おそらく主催者も、こちらにウンザリすることが多いでしょう。先日の当局への説得の中で、職員に対して、「お前も沖縄人だろぅがぁー!!」という怒声が発せられました。つらかったです。座り込みの主人たちと、防衛施設局職員。妥協の無い対立どうしの間柄の両者は、それでもつながっている。多少かもしれないが、共有されている歴史を持っているから、共感しえるからこその怒声。座り込みの、同じ陣営の中にいながら、私と彼・彼女たちの間には、それが無い。期待もされていない。
 撮影し、見学させてもらう「他者」ではいられない。かといって同じ目標に沿って擦り寄り同一化することもできない。

でも、もう少しがんばります。なぜなら、そのウンザリ感を超えて、彼・彼女らは、「来ること」「居ること」を呼びかけ続けているのですから。

 そんなわけで、この2日間は「ヒマで緊張でわけ分からない」の2日間でした。な、長かった! ていうかおいおい、まだ2日しかたってないわけ? 
 「ヒマで緊張」というのは結構地獄です。ずーっといる人、よく毎日できると思うわ心底。

 ま、明日もう1日がんばって、可能なら10日には帰る予定ですが、明日の情況と成り行き次第では、松本に帰るのはもう1日遅れるかもしれません。

 それでわ。 あ、そうそう。厳しいとはいえ、現地の雰囲気のイメージのたしになる程度の数枚の写真は取ってます。ダイヤルアップではキビシイので、家に帰ったら希望の方に送ります。
                               八木

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