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September 30, 2004

沖縄報告_辺野古Photo04

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早い日には夕方4時に、遅くとも5時には公務員に準じて調査船も引き上げます。それを見届けてからカヌー隊や抗議船も辺野古港に引き上げてきます。それからテント村を守っていた人への海上部隊からの報告と意見交換が日課です。今日はダイバー二人を潜らせてしまったが、彼らとじっくりはなしたら「もし自分たちの調査がこの海を壊すことに繋がるなら、私たちもみなさんと一緒に反対する」という言葉が返ってきたと報告されました。拍手と歓声でテントが飛んでいきそうでした。
-9月22日 Photo by M.Nkagawa

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September 29, 2004

沖縄報告_辺野古Photo03

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珊瑚礁の外の一つのブイを挟んで二隻の調査船が停船していました。
昼休みが終わると、どちらの調査船のうえでも作業が始まりました。
それぞれの船の上で各一人の潜水士がウエットスーツを着はじめました。
調査船を取り囲むよう三隻の抗議船からいっせいに叫び声があがりました。
「潜らないでください! 海上基地を作らないでください!」と・・・・・
抗議船のうちの1隻が調査船に横付けして、潜水士に、船長に訴えます。
同じ海の仲間が、海を愛する気持ちは同じでも、二つに分断されてしまう。
防衛施設局の人間は一人しか乗船してませんでした。
分断・対立・差別を生み出す何時もどおりの権力の方法論が辺野古にもあります。
それに冷静に、しかし毅然として「生命を守る会」は頑張ってます。
―9月22日 Photo by M.Nakagawa

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沖縄報告_辺野古Photo02

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2,500m×760mの滑走路が珊瑚礁の真上につくられます。
計画当初は1,500mで埋立なら3千億円といわれてましたが
現在では6千億円まで膨らんでいます。これみんな税金からです。
この海域に調査ブイは63箇所設置されています。
調査を阻止するために「辺野古・命を守る会」では
6艘のカヌーと3隻の漁船を朝8時から夕方まで出動させてます。
ブイにロープでカヌーを繋ぐと、作業船は近寄れません。
カヌーが活動できるのは、波穏やかな珊瑚礁の内側だけ。
つまり半分のブイにカヌーを張り付かせることができれば・・・。
いまの五倍のカヌーがあれば調査を阻止できるのです。
全国からカンパが寄せられてるので少しずつですが
カヌーを増やしていけそうだとのお話でした。
カヌー持参で辺野古へ駆けつけるのもいいかもしれません。
―9月22日 Photo by M.Nakagawa

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September 28, 2004

沖縄報告_辺野古Photo01

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   辺野古海上ヘリポート基地建設のために63箇所の
   調査地点に設置された表示ブイのうちのひとつ
           _9月22日撮影 Photo by M.Nakagawa

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September 11, 2004

八木氏 辺野古レポートNo.6 2004.09.10

信州から沖縄へ行っている仲間からの「辺野古レポート」です。
マスコミが詳細を伝えない現地の様子を知ってください。

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No.6
04.09.10 2-2

 辺野古から連日、メールにて現地で行われていることと、私の考えたことをお伝えしてきました。あらかじめのご了承なく送りましたので、通信環境の関係や、記載された内容などに、不愉快に感じた方もいたかと思いますので、まず最初にお詫び申し上げます。

 しかし、本当に多くの方から、激励や期待の言葉、私や現地の人を気遣う心配のお言葉など、メールや電話でたくさんの返事を頂きました。普段、圧倒的に貧乏臭い私を見かねて、多くの方がカンパを申し出てくださり(原則的にカンパは保留させていただいています。下記提案にご注目ください)、また、現地の知人を紹介してくださった方、土地勘の無い私に辺野古へのアクセスなど、アドバイスくださった方もいまして、本当に感謝しています。ありがとうございました。私が勝手に悲観していたよりも、はるかに辺野古の基地の問題が注目されていることが、はっきりしました。

 さて、冒頭にお詫び申し上げましたが、他にもいくつかお詫びします。

1.まず、文書の冒頭に本来入るべき「個人の方々にはBCCにて。重複ご容赦ください」の挨拶を省略させて頂きました。

2.、本件に関する行動と報告に全力を注いだため、その他のさまざまな内容のメールへの返信がおろそかになっています。出席するはずの会議などにも、あらかじめ確認を取る前に欠席しました。埋め合わせは必ずします。

3.一方的にこちらの情況と思いを書き綴ったものを送っているので、長野の方で、この問題をあまり知らない、または関心の無い方、またひょっとしたら沖縄に行きたいのに行けないことで悩んでいらっしゃる方々にも、配慮の無い内容となっています。現地の人々の熱い思いを伝えたいと思うばかりでのことですが、ことによったらそれは「熱い」のではなく「暑苦しい」代物だと思いかえし、反省しています。松本に帰ってもまだ暑苦しいようでしたら、容赦なく蹴飛ばしてください。

 さて、先にも述べましたとおり、多くの方からカンパの申し出がありました。
私の旅費はなんとかなっていますので、もしまだ今でもカンパの意思がおありの方は、以下の提案をご検討ください。

 Aコース
 連日、お伝えしているとおり、辺野古での座り込みを支え、基地建設を止めるために今、最も求められているのは、私たちが現地に行き、ともに座り込みを闘うことです。しかし、辺野古は遠く、旅費・宿泊費は安くはありません。そこで、今後さらに「行く時間と気持ちはあるけど、お金がたりない」そういう人へのカンパにあて
ていけないでしょうか。

 Bコース
 情況の推移は、辺野古の闘いに必要な物資の性格も変えつつあります。船のチャーター、更なる船の購入、小屋の維持費など、今後、資金が必要になるでしょう。その額、購入する品の内容、送金方法とも、現時点では、提示・要請されていません。辺野古からカンパ要請が入った際に、すみやかに届けられるよう、各々が、もしく
は誰かがまとめてプールするというのはいかがでしょう。

 最後に
急遽、辺野古を訪れることを決めたのは、辺野古の危機を伝え、叫ぶように結集を呼びかけるメールが、複数のルートから転送されてきたからです。
 以前、イラク住民との語らいの最後に、私は彼女から、イラクへ行くことを誘われました。それに対して私は「私はイラクという現地にも注目するけれど、今は、イラクに軍隊を出兵している側の日本の現地に注目し、そこに踏みとどまって闘います」と返事をし、約束してしまいました。それは安田純平から、イラク現地入りを勧められた時に返した言葉でもあります。
 辺野古は、その「約束の地」の最前線であり、まさに加害出発の現地でありすぎる島です。
 また、沖縄は、日本国に征服され、日米両国に、今日まで占領され続け、核に脅かされている点で、イラクに近いところもあります。
 そういう加害と被害の入り混じった場所に行ってみるのも、先の約束を果たす力にもなるし、いいのではないかと、思ったのです。
 さいわいにも、映画「HIBAKUSYA」上映会と「信州沖縄塾開塾記念講演」という、まさに沖縄にダイレクトに関わるふたつのイベントを経ることができ、そこで得た勢いに乗って、行けたということも、あります。
 派兵加害日本・被害イラクをつなげる狭間に、沖縄への注目が入ることで、より一層、それぞれに注目する取り組みや、想像力がつながるのではないかと考えます。

 いつも、出会った人と別れるときに、勢いで余計な約束をしてしまうクセがあり、おかげでちっともヒマになりません。今回も現地の夏芽さんと約束をしてきました。
「この問題は地元に戻って、必ず伝え広めます。そして、また必ず来ます。」
 皆さん、約束の達成に、ぜひご協力ください。
 今後とも、よろしくです。
                          八木航
                          名護市某ホテル
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今回でで八木氏からの現地レポートは終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
賛同・批判のご意見をお聞かせいただければ幸いです。

5日の沖縄取材を台風に阻止され、八木氏にバトンタッチしたアブですが、
再度、今月21日より27日を予定して現在、準備を進めています。
文中に出てきた宜野湾市も含めまた八木氏とは違った視点で取材したいと思っています。
現地レポートの形は取れないかもしれませんが、またご報告できればと思っていますので、
^0^よろしくおねがいします。
                                    信濃のあぶまが

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八木氏 辺野古レポートNo.5 2004.09.10

信州から沖縄へ行っている仲間からの「辺野古レポート」です。
マスコミが詳細を伝えない現地の様子を知ってください。

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No.5
04.09.10 2-1

 辺野古からメールを送るのも、今日で最後です。お付き合いいただき、ありがとうございました。
明日、帰国します(飛行機の席が取れれば)。

 今日も、防衛施設局の調査船「未来」がどこかの港から出航し、辺野古沖に登場しました。昨晩、ヘリ基地建設阻止協議会は、調査船が出港可能なありとあらゆる港をしらみつぶしに探したといいます(すげー)。それでも見つからなかった「未来」がどこからか現れたのです。

 同時刻、辺野古の沖から漁船数隻が出港、それぞれ船長のみの乗船だったため、ノーマークだったのですが、なんとそれらの漁船は「未来」のサポートに向かったことが明らかになりました。当局は、漁船を、あろうことか現地住民からチャーターしたのです。せまい地域のしがらみや困難な生活の中で、積極的に阻止行動に参加できないものの、基地建設を決して喜んでいない多くの漁民たち。そりゃ、そうでしょう。目の前の水平線が丸ごと基地になってしまうのですから。それが漁に良い影響を与えるはずはありません。そんな人々の頬を札束ではたき、「協力」させる。自分に替わって阻止闘争を行う人々と対立する立場に追い込む。

 前から分かっちゃいたけど、なんて奴らだ!

 それでも船を出しました。今日は昨日よりも高い4メートルの波。沖に出ている調査船に届く機能は無い小船でできることは、リーフ内で作業にかかろうとする同じ漁民の、見知った顔が操船する船を追いかけまわすことだけです。定位置にいさせないために、追い回す。相手は逃げる。接近する。見知った互いの顔が見える。それでも怒鳴りあう。そうした海上での行動の報告を受け、私は本当に、本当に  
     …  (すみません。言葉が浮かびません。) …

 結局、追い回しているうちに波が高まり、調査は中断されました。外海の「未来」が何を行ったかは調査中ですが、リーフ内の船は結局、1時間かけてブイをひとつ置いていっただけでした。昨日にひきつづき、実質的な工程の大部分を、阻止することができた、と言えるでしょう。

 現在、対処できていないのはリーフ外の調査船です。これを追尾し、調査を阻止するためには、現在のものより大型の船が必要です。
 しかし、漁民の中に、当局ではなく、我々への船のチャーターに応じてくれる方があらわれたそうです。新たな協力者。広がる仲間。これもまた、私には言葉が浮かびません。

 主要な場が、海上に移っているように思えるかもしれませんが 相手の持ち手を制限し、調査を実質上阻止し続けることが可能だったのは、辺野古漁港へ至る道から陸上作業用ヤードのエリアを、300人に及ぶ人たちが封鎖していたからでもあります。陸と海での阻止行動が連動して、着実に実を結んでいると思います。昨日は「着工」のアリバイこそ作らせてしまったものの、1日にブイを1~2個、置いていくようなペースでは、永久に基地建設は無理です。

 辺野古港湾への陸上からのアクセス阻止は、大きな役割を担っています。毎日、公安警察が人数と様子をチェックしています。こちらの弱体化を現認次第、突破にかかってくるでしょう。

 座り込みは正直言ってヒマです。地味です。何もなければ。その間に、周囲の人と交流する人もいます。ただ緊張の面持ちでじっと一点を見続ける人もいます。
 私ですか? 私はその中間くらい。しゃべったり、考えたり、緊張したり。風でゆるくなったテントの紐を縛りなおしたり。そして煙草を吸います。 
 また、組織やグループで来た人が、後輩たちに、これまでの歴史や現状を説明してたりします。
 今日の午後など、当局が「作業終了」を宣言していたため、騙まし討ちに備える程度で、比較的緊張の必要が少なかったからでしょうか。三線と太鼓にあわせ、歌い、踊る風景が、私のすぐそばにありました。そんな時は、本当に素敵な空間で、この闘いが終わっても(もちろん勝利して!)、こんな場が、あちことに出現すればいいな、と思えるものでした。いや、沖縄では、こんなのも、そもそも日常茶飯事なんでしょうか。

 「6日にも着手」の報を聞き集まった人々の中には、そろそろ自分の日常の現場に戻らなければならない時期にさしかかっている人もいます。私もその一人です。非常に気がかりです。機動隊をひきつれて現れるだろう当局との攻防の矢面にこれ以上、80過ぎたご老人を立たせることは、あまりに忍びない。
 ちなみに、先日3メートルの荒波をかきわけ、カヌーで調査船に肉薄したうちの一人は、齢80を数えるおばあです。そのために1年間、訓練を重ねてきたそうです。
す、すご過ぎます。「誰かとめてくれ!」と思ったりします。しかし、それができる資格を有するのは、基地建設をとめる力を持った者だけなのでしょう。ご本人は、「私は歳をかさねた分だけ、皆さんに比べて怒りも積み重なってるんだから、平気ですよ」と、確かに平気な顔でさらっと言ってのけました。すごい。尊敬。でも、哀・怒。彼女がいきるぶんだけ、比例して怒りを積み重ねなければいけない社会。彼女にそんな言葉を吐かせるようにしてしまった社会・その上にいる自分。

 12日には宜野湾ヘリ墜落事件に対する抗議集会があります。参加したい。それまでいたい。でも、おそらく、そこで聞くことになるだろう、私の知らない様々な事実と叫びは、更に私の帰宅を遅らせる誘惑に違いありません。

 気づいているかと思いますが、この数日の報告書の中で「テントでの座り込み」の主体を指す主語が、「彼・彼女ら」「多くの人々」「沖縄の闘い」といったものから「私たち」に替わりつつあります。確かに、ある瞬間に、2600日座り続けてきたお年寄りと、それを受けてずっと取り組んできた人たちと、その呼びかけに応じて集まった人々、また、沖縄に暮らす人々と日本から来た人々を、まとめて同じ「わたしたち」と感じる瞬間が何度かありました。それはそれできっと悪いことではないし、嬉しいんです。すごく。
 でも、ダメだと思うのです。そこに寄って(酔って)しまっては。移住して最後まで日常と闘いと、その結果その身に帰ってくるものを共にするならともかく。しょせん、私は他所から来て数日いて帰っていく「何もわかっちゃいないヤマトンチュ」のままであるのです。ならばどっかで、一旦、帰る時を決めて、そのことは確認されなければいけない、と思っています。

 なーんちゃって。単に闘いを中座するうしろめたさを正当化してるだけかもね。

 ともかく、やっぱ、私の第2ラウンドは松本なんですわ。そういうわけで明日帰ります。皆さん、今後ともよろしく。

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八木氏 辺野古レポートNo.4 2004.09.09

信州から沖縄へ行っている仲間からの「辺野古レポート」です。
マスコミが詳細を伝えない現地の様子を知ってください。

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No.4
04.09.09 2-2

 名護市内某ホテルにて、突如として「中間総括」します。長文ですが、お手すきの際にでも読んでいただければさいわいです。

 まず、出発前と今とで、気分的にはここにいる目的が変化しています。
 最初は「何はともあれ見ておこう」「長野からのおもいを伝えよう」という感じでしたが、今は着工の阻止そのもののために動いている気分です。
 いつそうなったのかは定かでありませんが、いつの間にか、そうなっています。現地は、他所(しかも「日本」)からの「見物客」や遠方からの応援者の期待に応じる程、緩やかではないことを感じたからかもしれません。
 いや別に、現地の人たちの心が狭いとかパンク状態になってるっていうわけじゃないですからね。とにかく、あくまでも「着工の阻止」を最優先の課題にしているというだけのことです。その課題に集中すればする限り、長野にもってかえる写真撮影の便宜をはかるとか、遠方からの「ヨロシク」に対応して、丁寧にこれまでの経緯や問題の在りようを教えるような仕事は、彼・彼女らにとっては負担の増加になるでしょう。
 
 現地をよく見て、交流し、可能なら今後の交流の足がかりを得たいと思っていた私は残念ながら、その時点で現地の人たちの思いとかけ離れたところにいたんだ、と感じざるを得ません。同様の期待を私に託してくださった方も多いかと思いますが、すみませんが、十分に応えることはできなさそうです。

 とりあえず今は、座っています。着工阻止を目的に。長期的にはともかく、現地にいるわずかな時間を、これまで143日間座り込んできた人たちの要請に従い、求められる役割を果たすのが、スジだろうと思ったからです。そうすると、持ち場を極力はなれず、極力ウロウロせず、座り込んでいることが基本的な今日の私の動き、ということになります。撮影も、これまでの経験では、権力や地域住民とのトラブルの原因になりがちな要因だったようで、結構、シビアに制限されています。ていうか、これは「何かあった時とか、皆で写真撮影してたりしたら座り込み部隊がいなくなるでしょ? それじゃ何のために来たのかわからんでしょ?」というシンプルな理由も大きいようです。
 
「着工阻止」の目標を共にし、その獲得のため動く(というか動かず座る)以上、結構「厳しい」参加形態には、なります。 
 「誰でも自由に参加してください」とか「ひとりひとりの自由なアピール」とかを重視し、またそういう作風に慣れてきた私は、基本的に行動主催者からの規制に反発します。私からの報告を見たかたの中にも、「うわっキッビシぃ!」とか思うかたもいるかもしれませんが、ちょっと想像してみてください。

 辺野古は「ド」が付く田舎です。松本周辺の村部のかなり僻地に、海が付いてるくらい。そんな村に突如150人とかの得体の知れない集団が、あろうことかテント張ってなにやら一日中、毎日座ってるのですから、それだけでも大事件です。ふつーに。全員が整然と座ってるだけでも、そうなのだから、150人が自由にウロウロウロウロしてたり、車道にワラワラワラワラたむろしてたり、あちこちカシャカシャと撮影しまくってたら、そこを生活の場にしている住民(基地容認と反対の狭間で揺れる人たち)は、あっという間に敵になるでしょう。
 そんなことで、外から来た私たちが、8年にわたる現地のひとびとの作り上げてきた関係を水泡に戻すわけには、やっぱ、いかんよな~。
(でもタバコだけはがまんできません。なんてったって、「緊張」と「両手が空いている」という喫煙欲求二大要件が、1日中整っているのだから、ついついちょこちょことタバコを吸いに立ち上がってしまうのです。「ずっと緊張しながら、ずっとヒマ」。これで煙草が増えないわけがないわけで。明日はもっと減らすぞー。)
 
 つまり、現地の主催者にとって、外から来た私たちの存在は、勝利のために不可欠の要素でありながら、一歩間違えば、これまでの運動をたやすく瓦解させる危険でやっかいで迷惑な存在でもあるのです。おそらく気づかないところで、私は多くのご迷惑をかけていることでしょう。足をひっぱっているでしょう。

 思うに、これまで沖縄の闘いにとって、「日本」から「連帯」しに出かけていく人とは、常にそういう存在だったのでしょう。
 以前、集会で横須賀の新倉さんが語った「エネルギー保存の法則(沖縄に行くと皆元気になって帰ってくるけど、それは現地のエネルギーを吸い取ってるからだ、という仮説)」そして「僕は安易に沖縄には行かない」という言葉が、身にしみて思い出されます。

それでも、そうであってもなお、全国に、辺野古への結集を呼びかけ、共に闘う選択をした現地の人々の思いを、ぜひ想像してみてください。
……とか言って、私は想像しきれていません。現地にいながら。「現地に来れば分かる」なんて真っ赤な赤色ウソピョンです。わけ分からないことが増えてくばかりです。しかも、そのわけ分からないところを、聞く言葉すら出てこないことが、とてももどかしいところです。
 正直に言って、長い一日、居心地の悪さを感じることも多いです。おそらく主催者も、こちらにウンザリすることが多いでしょう。先日の当局への説得の中で、職員に対して、「お前も沖縄人だろぅがぁー!!」という怒声が発せられました。つらかったです。座り込みの主人たちと、防衛施設局職員。妥協の無い対立どうしの間柄の両者は、それでもつながっている。多少かもしれないが、共有されている歴史を持っているから、共感しえるからこその怒声。座り込みの、同じ陣営の中にいながら、私と彼・彼女たちの間には、それが無い。期待もされていない。
 撮影し、見学させてもらう「他者」ではいられない。かといって同じ目標に沿って擦り寄り同一化することもできない。

でも、もう少しがんばります。なぜなら、そのウンザリ感を超えて、彼・彼女らは、「来ること」「居ること」を呼びかけ続けているのですから。

 そんなわけで、この2日間は「ヒマで緊張でわけ分からない」の2日間でした。な、長かった! ていうかおいおい、まだ2日しかたってないわけ? 
 「ヒマで緊張」というのは結構地獄です。ずーっといる人、よく毎日できると思うわ心底。

 ま、明日もう1日がんばって、可能なら10日には帰る予定ですが、明日の情況と成り行き次第では、松本に帰るのはもう1日遅れるかもしれません。

 それでわ。 あ、そうそう。厳しいとはいえ、現地の雰囲気のイメージのたしになる程度の数枚の写真は取ってます。ダイヤルアップではキビシイので、家に帰ったら希望の方に送ります。
                               八木

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八木氏 辺野古レポートNo.3 2004.09.09

信州から沖縄へ行っている仲間からの「辺野古レポート」です。
マスコミが詳細を伝えない現地の様子を知ってください。

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No.3
04.09.09 2-1

 皆さんの期待に応えられず、本当に申し訳ない。
今日午後、辺野古沖で、新ヘリ基地建設のボウリング調査着工が強行され、これを阻止できませんでした。

 本日、「10時より強行」との情報もあり、6時に集合、待機。続々と全国から参加者が集まり、500人が辺野古テント村を中心にキャンプシュワブ前、その他港湾に入る主要な道路で防衛施設庁の襲来に備えました。
 陸上作業用ヤード設置場所と港湾へ至る細い道のわきに、テント村はあります。ここを通らない限り、座り込みの全員を排除し突破しない限り、着工は不可能です。そのはずでした。
 「正々堂々と着工する。」施設局長は、先日の新聞で、そう豪語していました。私たちも「望むところだ」と構えていたのです。

 ところが、施設局と業者は、「調査」を強行したのです。辺野古から車で2時間もかかる遠く離れた南部の港から出港して直接辺野古沖(←辺野古の浜からほとんど見えない!)に入り、ブイをひとつ浮かべ、塩分濃度かなんかをちょっと測って、当局は引き返していきました。「ボーリング調査着手」とはまったく名ばかりの、セレモニー。既成事実作りです。

 私たちの座り込みは、回避されました。膨大な量の情報操作(ダミーの船さえ出した)を行って。「作業用ヤード建設にかかる」「キャンプシュワブからも船を出す」「そのための申請中」などの情報を報道させたことなども、今となっては、すべてが今日のための壮大な欺瞞工作だったということです。大した「正々堂々」っぷりだ。

 「調査」の間、私たちに大急ぎでできたことといえば、
1.数隻のボートとカヌーでの抗議行動
2.県会議員団による施設庁への直談判
3.施設庁がマスコミ用にお膳立てした船への、施設庁職員の乗り込みの阻止
4.陸上部隊の急襲に備えた座り込みの続行

 でした。すべてが現地責任者たちの指揮の下、迅速に、整然と行われ、マスコミ船への職員乗船は、これを阻止し、おそらく相手は想像すらできなかったこちらの船団の登場と肉声での抗議に激しく動揺し、陸上部隊は、400の座り込みの前に、ついに登場できなかったのです。

 そうはいっても、(現地メンバーからの評価や総括はあらためて伝えられると思いますが、)私が思うに「運動」ではなく、「阻止」を目的に掲げた以上、私たちの、負けです。着工阻止に失敗したのですから。
 しかし! 奴らが、莫大な策を弄してまで、陸上作業を回避したのは、なぜでしょう。成功の見込みが無かったからではないでしょうか? 多くの人々が、政府の計画を決して認めないということを、自ら知っているからこそ、ではないでしょうか。

 そこに希望があります。そこに次の勝利があります。作業用ヤードのエリアを使わない限り、建設は絶対に不可能です。今日の施設庁のやり方を、強行を見て、沖縄で立ち上がる人はさらに増えるでしょう。思えば、基地建設計画浮上から着手まで、政府は8年もかかっている。今日までの闘いあればこそ、でしょう。工事にかかる時間はいかほどでしょう。順調に建設できるなんて、皆さんも思いませんよね。その間に計画を白紙撤回させましょう。1日もはやく。

 2639日におよぶ座り込みを続けてきた辺野古のおじい、おばあに対して、反対協議会で144日間、座り込み続けた平良夏芽さんが、涙を流して深々と頭を下げました。

 「おじい、おばあ、済みません! 阻止できませんでした! 全力でやったけど……おじい、おばあに、もう難儀させないように、これまでも本気だったけど、もっともっと本気で、運動じゃなくて、本当に阻止するために、がんばります!」

 座り込み3日目ごときの私は、彼のその思いやお年寄りたちの思いのいくらも共有できちゃいません。その涙も叫びも、共にすることは、まだできません。永久にできないかもしれません。そのことにこそ、今日は、くやしみたいと、しっかりと向き合いたいと、思っています。

 第1ラウンドは、負け。第2ラウンドでは、どうでしょうか。私の第2ラウンドの場は、松本になるでしょう。明日を最後に、一旦、帰宅の途に付く予定です。留守中にやるはずだった事が、しこたま、たまっています。はい。ちゃんとやります。やるってばー。でもひさしぶりにファミコンもやりたいよー。プラモつくりたいー。二
度寝したいっす。腹いっぱい肉食いたい。誰か石原みたいに焼肉2年分くわしてくれんかなー。もー、140日とか、2000日とか座り込みやってるって、ほんっと信じがたい世界だ。やれっていわれてやる気になるか? ふつー。私はパス1って感じ。でも知り合っちゃったから、もう放っておくわけにもいかない。

 松本に帰ったら、できるだけ多くの講演や集会にちゃんと顔出したいと思ってます。可能なら、少しでも、この問題に関して発言の機会をください。

 「着工」という既成事実をもって、人の注目度を落としあきらめさせることを政府が狙っているならば、明日は、より本格的な攻勢が来る可能性があります。明日、もう1日がんばります。ご注目、よろしくお願いします。
                                八木

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September 08, 2004

辺野古海上基地建設予定地図

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八木氏 辺野古レポートNo.2 2004.09.08

信州から辺野古へ行っている仲間からの連絡を掲載します。

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八木氏辺野古レポートNo.2 2004.09.08

疲れたので、もう帰りたいと思った矢先に読んだ多くの皆さんの注目と激励に体力回復が早まる思いです。もう少し、いようかな。
 2つの結論から先に。
まず、今日は調査は行われませんでした。
次に、たった今、「本番は明日かあさって(8・9)」という情報が入りました。

早期に報告が入れられなかったのは、辺野古現場が端末の通信圏外だったからす。
そして「ちょっと食事」に誘われたものが5時間にわたったことです。すみません。

 朝7時、辺野古入りしました。風はずいぶん落ち着いています。続々と集結する参加者にあわせ、テントの拡張などを行いつつ、主催者からは繰り返し注意事項の伝達がありました。一見、厳しさを覚え、うるさげに思える程の「注意事項」の繰り返しですが、権力による介入の隙を与えないこと、そして地域住民との良好な関係の維持こそが、勝利に不可欠なものである、といった、これまで苦難の中で積み上げた経験に基づくものであると、感じさせられます。薄っぺらなモラル標榜や統制好きとは、全く異なる次元のもので、重い。

 午後に入り、公安の接近をその前兆として、防衛施設管理局数名が登場し、緊張が高まりました。当局は「既存の計画の続行」という方針を伝え、我々に理解を「お願い」に来たのです。それに対して150人近くの参加者は整然と座り込みを続け、現地責任者数名により、計画の白紙撤回を求めて説得を続け、当局は帰っていきました。
 その1時間30分の内容は、後日改めて報告しますが、「理解のお願い」を、こちらの質問に答えもせず繰り返す当局に対して、メンバーによる「説得」という対照的な作法には、新鮮な感動すらを覚えます。怒りゆえ、声も荒げます。抵抗ゆえ強い言葉も使います。しかし、それが暴力(的志向)と切り離される力を、私も獲得していきたいと思います。
 そしてまた、当局に向けられる怒り言葉の半分以上が、当局に向ける形をとって私にも向けられたものであることに、痛みます。

 現地メンバーは私たちに求めます。辺野古入りを。
次に「これない人々」に求めます。とにかく、周囲に知らせて欲しいと。

 これは、何を求めるかを尋ねてみた相手全員からの回答です。来れない人に期待されているのは情報の発信。街頭情宣やビラ置き、「沖縄塾」…この何日か長野県内で行われてきた取り組みが、現地の人々からの要請にマッチしたものであったことが、嬉しいです。帰り次第、更なる強化に着手します(少し休んでからネ。)。

 ちなみに現地事務局への激励の電話やメールやFAXは極力遠慮ください、とのことです。情報の速度が鍵であって、その貴重な回線を激励受けには使えない模様。
「辺野古への援助はいらねぇんだよな。共に闘う仲間が欲しい」という言葉にも関連するところでしょう。

 えらそうに書いてみたけど、私は来てみたところで、はっきり言って、何も分かりません。分かるはずがない。「当然だろ」と言われるでしょうが、やっぱりつらいです。このつらさを大事に明日も座ろうと思います。

 転送の許可を何人かに求められました。ハズかし過ぎるので、勘弁してほしいのですが、ご判断に任せます。

 台風にお気をつけください。松本の中央公民館では、チェルノブイリの子供たちの書いた絵が展示されています。そちらもぜひ、ご来場ください。

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 新情報転送します。

平良夏芽です。信頼できる情報筋から連絡がありました。
 防衛施設局は、明後日(木曜日)に辺野古の陸上作業ヤード設置作業に入るそうです。ただし、キャンプ・シュワブから船を出すというオプションを同時に準備しており、法的な準備は終えたようです。
 この情報は、明日(水曜日)が安全であるという情報ではありません。明後日が最大の闘いになるという情報です。
 本日(火曜日)には、150名ほどの仲間が集まっていましたが足りません。那覇防
衛施設局は10台の車を用意しています。それだけでも50名、さらに機動隊200名近くが来ると思われます。したがって、500名以上は集まらないと止めることはできません。本気で時間を作って集まって下さい。
 繰り返します、明後日が最大の山場です。集まって下さい。

-以上

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September 05, 2004

台風18号が・・・

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台風18号が・・・

a.m.4:00  起床、睡眠時間1時間半,ネミ~イ,台風情報はままなく「沖縄は暴風雨圏」

a.m.4:45  とはいえとにかくどうなるかわからないので雨のなかを車で名古屋空港へ。園原I.C.から恵那山トンネルを抜け中津川I.C.まで中央高速(\1,050) 中津川からR19を一路名古屋へ、雨降の日曜日早朝さすがに交通量は少ない。ひさしぶりに走るR19は多治見から南が複線化されていて道がよくなっているのに

a.m.6:45  名古屋空港着、早朝にもかかわらずけっこう人がいる、沖縄便以外は飛んでいるようだ。札幌第1便でオーバーブッキングのようで、2便に振り替えてくれる人を募集するアナウスが流れている協力してくれた人には\1万のキャシュバックだって、ナルホドという感じ。さて予約していた301便は・・・・・・・当然の如く「欠航」。次の便は満席、3便、4便に空席あり。予約を3便に変更。「たぶんこの便も欠航になりますよ」とカウンター嬢の声

a.m.8:18  2便欠航のアナウス、チェックインカウンターの周辺はだいぶ混んでくる。

a.m.9:15  沖縄行き全便欠航のアナウス 長野市の仲間に連絡を取り状況を伝える。

a.m.9:45  チケットをキャンセル、出直しをきめる。空港の外に出るとさっきまで降っていた雨があがっている。むかしから「同じ道を戻るのは嫌い」なので、名古屋空港から春日井市を抜け、守山区をとおり、

a.m.10:50 瀬戸をかすめて名古屋→豊田線にでる あたかも名古屋万博工事真っ最中。猿投グリーン道路も片側二車線に拡幅されて走りやすいけど・・・・・風景は別物と言っていいほどの変化。しばらく工事中のモノレールと平行に走る。車中のラジオが「名護市では最大瞬間風速43.5m」スゲ~~。これじゃボーリング工事も着工できないな・・・・「天もジュゴンの味方」か。

a.m.11:05 R153にでる ここから飯田までは山のなかの一本道 足助を抜けて稲武へ。Oh! 道の駅どんぐり・・・・こんなの前はなかったぞ 前後の車の2/3が入っていく 大人気。道は広くなるし、道の駅はあっちこっちにできるし、まさにコンビニカーライフ。ガソリン税は目的税なんでだいぶ余ってるようですね、国土交通省さん。人の集まるところは無視して友人の経営するミニレストランに一路直行。

p.m.00:05~ 1:00 平谷村「瀬梵」知る人しか知らない・・・アタリマエカ・・・・おいいしい創作料理のお店。ここを通るのは夜中か早朝が殆どなのなかなかよれないのです。もと俳優だった美男美女夫婦二人できりもりする20人ぐらいしか入れない小さなお店ですが、ほんとおいいしいですよ・・・・・・・特製オリジナル岩苔ピザ(\800)をいただきました。

p.m.1:20  阿智村智里「末廣庵」前を通過 ここの手打ちソバも一品ですよ。信州とはいえ南信にはうまい蕎麦屋は少ないんですよ・・・私知ってるのは6軒ぐらいかな。庵主竹内氏の趣味は超独創的で店の前には大きなおおきな自分の像が立ってます。駐車場は80%うまってたけど庵主みずから国道に出てGSみたいに旗を振ってた。ピザで満腹なんで手を振っただだけで通過、じかいよろしく、ごめんなさい。でも忙しくないときのほうがいろんなお話が聞けてたのしいです・・・・・

p.m.2:15 無事帰宅、280Kの早朝ドライブでした・・・・・・トホホっていうかんじです。雨に煙る南アルプス里山をパチリ

p.m.6:30  一眠りしてブログを書き始める。安田純平氏からMy携帯へ電話 「辺野古ですか?」(純)  「全便欠航ダ! 空振り三振」(Me) 「現在イラク総集編を執筆中なんだけど、明日辺野古へ行こうと思ってたんですよ。でも飛行機全部塞がってますね」(安)  「台風19号も発生してるよ」(Me) 「当分、工事んはとりかかれないね」(安) 「だといいけどね・・・爺婆への天の恵み」(Me)

p.m.7:09  突然家が・・・・・ユレテル~ 今度は地震 震源地は紀州沖 マグチュード6。おいおい日本にとっての脅威は北朝鮮やテロじゃなくて自然災害じゃないのかい。毎年大金つぎ込んでも、いっこうに災害被害は減ってないようなきがします。そういえば辺野古のヘリポート建築予算は1兆2千億円、米軍への思いやり予算は6千5百億円、岩国米軍基地整備予算は3千億円、このさきにはミサイル防衛構想の費用もでてきます。一方わが町の交付金は本年度2億5千万の減額 ^^;  なんなんでしょうねマッタク。

ということで今夜は早く寝ます・・・・締め切りすぎた【Kokkaiクラブ】の会報を明日中にはしあげましょう
 
       

         
   

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沖縄の方 Help!

突然ですが明日(9/5)午前11時20分ANA301で那覇空港から沖縄へ入ります。
二泊三日の限られた時間ですが、
宜野湾市民集会と辺野古、那覇市長選の様子をこの目で確かめるつもりです。
信州の平和市民グループからの派遣という形での取材です。

「交通費のみで行って来い!」の声援に送られて、燃えてます!
トホホ^^;

沖縄の若い人の意見もお聴きしたいし、
どなたか三日間つきあっていただけるかたはいませんか?
もちろん完全無償ボランティアです。

OKのひといたら那覇空港の到着ロビーで
「信州からきたアブマガさ~ん」と呼んでください。
長髪に髭のおじさんなんで一発でわかると思いますヨ。

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September 02, 2004

姫田監督、高森町へ!

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民族文化研究所の記録映画をご覧になったことはありますか?
スルメのような絶品です。
長野県では7年前に、伊那谷を中心に「基層文化を映像でみる会」が発足し、
毎年3~4本の作品を見つづけてきましたが、残念ながら昨年から開店休業状態でした。

今回、高森町図書館の主催で民映研の新作上映会が開かれます。
なんと入場無料です(^0^)
たくさんの方が見にきてくれれば、定期的な上映会になる可能性もあるそうです。
お誘いあわせのうえお越しください。

12日の本番には、46年間、日本の原点を見続けてきた姫田監督がおみえになり
映像記録について、基層文化について、貴重なお話をしてくださることになっています。

またこの上映会を宣伝するためにプレイベント上映会が開催されます。
サポートしてくださるかた、宣伝してくださる方を募集中です。
プレイベント会場は定員30名ほどですので
事前に図書館(担当・大洞Tel0265-35-8211)までご連絡ください。

上映作品
「信州木曽あげまつ サワラの木工芸」
入場無料
日時:2004.9.12(日)午後1時30分より
会場:高森町福祉センター2F大ホール 長野県下伊那郡高森町

プレイベント 上映作品
「信州木曽あげまつ 獅子の舞う祭り」
日時:2004.9.03(金)午後7時30分より
会場:高森町公民館視聴覚室

*どちらの会場も高森町役場の敷地内です。地図はこちらをご覧ください。
http://map.msn.co.jp/mapmarking.armx?smode=1&zm=9&la=137.52.53.7&lg=35.32.54.7&mode=3&x=225&y=147

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