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October 08, 2004

沖縄報告_普天間Photo01

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1945年4月1日
米軍は沖縄本島中部西海岸(北谷・嘉手納・読谷)に上陸。
日本軍が水際作戦を放棄し首里持久戦に作戦を変更したことにより
米軍は米軍は,上陸日の午前中には読谷の北飛行場,
嘉手納の中飛行場を占領し,東海岸沿い進撃,4月3日には
沖縄本島を南北に分断します。
このとき北へ逃げた民間人の多くは助かるが、日本軍を頼り
南へ逃げた人々はまさに地獄への選択となりました。
首里攻防の最前線が、ここ宜野湾市の嘉数台高地でした。
ここからは米海兵隊普天間基地と宜野湾市の市街が一望できます。
2時間ほどここにいましたが、基地所属のヘリコプターの離着陸は"0”。
墜落事故から二週間もせずに
大半のヘリがイラクの戦場へと飛び去っていったそうです。
左手方向に墜落事故現場の沖縄国際大学があります。
右手海上を旅客機が高度300mで南の那覇空港へと飛んでいきます。
民間機はカデナラプコンを避けて異常な低空飛行をせざるをえないのが
沖縄の空の現実です。
-9月23日 Photo by M.Nakagawa

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Comments

昨日、飛行場を一望できる道の駅によりましたがあいにく日曜のため飛行状況は体験できずでした
今日、メンバーは夕方の便で羽田に帰りますがそのまえに、再訪しようと計画中です
貴重な報告の日記を今よむことができて幸運です
いつも情報発信をありがとうございます

Posted by: hirata | November 04, 2008 08:24 AM

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