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October 08, 2004

地方自治が国家の象徴に呑み込まれた日

small010018.jpg
全員協議会会場と県庁前怒りの抗議ビラ配り
議長席の後の壁に油絵がかかっている。
ここは議場ではなく会議室、でも12月8日からはもしかしたら
この位置に日の丸が掲揚されてしまうのかもしれない。
これは21世紀の踏み絵だ。
ある者はこの旗に睥睨されながら国策に異を唱えねばならず
ある者はこの旗に満面の笑みを浮かべ国策を讃することになる。

1999年国旗国歌法が制定されると
あっという間に全国の県議会場に日の丸が掲揚されていきました。
議場に日の丸がない最後の県。長野でも今日午後0時15分、
日の丸の掲揚が全員協議会で議決されました。
採決までの30分の審議の中で
何ゆえ議場に日の丸が必要なのかの説明はいちどもありませんでした。
今日に限りません。
最初に提案されてから今日までの二年間、
「自治体の議論の場に日の丸は必要ない」という私たちの意見に
満足な答えは全くありませんでした。

04.10.08 Photo by M.Nakagawa

以下は今日の反対行動のあの場のリーダーからのメッセージです。
******************************************************
Wrote by Yagi

 「日の丸」の掲揚が強行採決され、そして採択されました。
今日、無理な呼びかけに応じて都合をやりくりして集まってくださった皆さん、そして気持ちが共にありながら諸般の事情で参加できなかった皆さんに、この残念な報告を書かなくてはならないこの両手が、今も、怒りと脱力の狭間で、打ち震えています。

 全員協議会は、予定から5分ほど遅れて開会されました。
自民党控え室の前で、今回の不当な開催手続きへの抗議の申し入れのため、私たちは議長古田の登場を待ち構えていました。たった一人の議員の申入れを容れて全議員を招集する手続き上の暴挙を追及しなければなりませんでした。
 議長が控え室に入ったことを確認してから30分。開会予定時間まで3分という緊張の中で待ち構えていた私たちに入った報は、「すでに議長はここにいない」という衝撃でした。
???……!
 裏口からの、議長の逃亡! 正面きっては議場に行けぬと判断した古田議長は、あろうことか自民党控え室の裏にあるベランダを伝って非常階段から脱出し、私たちの追及を回避して、議場に向かったのです。

 強烈なデジャヴ。

 それは辺野古での基地建設阻止の圧倒的な座り込みを前にして、それを説得することも突破することもできないことを悟った防衛施設局が、辺野古から遠く離れた桟敷町の漁港から舟を出し、手の届かぬ外海から、座り込む300人をあざ笑うかのように「調査」を『開始」した、まさにその時その悔しさの再来です。

 やられた! 

 そう思う一方、議長が正面から堂々と出て議場まで歩いてい
くこともできない、そういう地平まで、私たちは、奴らを追い詰めたのだ。
この時点で、「日の丸」掲揚を目指す議員たちが痛烈に望んできた、議場への掲揚の、清々とした第一歩というビジョンが、初っ端から頓挫したわけです。
裏口からコソコソと、反対派に見つからないように議場に向かわざるをえなかった自民党所属議長の心中は屈辱に彩られ、
議場「日の丸」の第一歩はまったく汚辱にまみれたものになったのです。
それはこれまで、現場への参加・不参加を問わず、あらゆる形でこの問題に取り組んできた私たち市民・学生・労働の取り組みがもたらしたものなのです。

 結果、阻止できなかったことからすれば、
これは言い訳じみていることを承知で言います。
少なくとも、こうした情況を浮き彫りにしたこと、
すなわち「誰も反対するものもいなかった」=
「万民に祝福された旗の掲揚」であることを阻止した意義は、
計り知れず大きいのだ、と、胸をはりたいと思います。
議長に逃げられ、
肩透かしを食らった形で慌てて議場に入る私たち。
 「トホホ」という言葉は、こういう時のためにあるんだろう。

……と、何故か「です」「ます」調をやめて書き始めているのは、
多分、書きながら再現される怒りと苛立ちのためだ。
プリミティブな怒りの表現には、この口調こそがよく似合う。
そんな風に感じる。

議場傍聴に集まったのは、
連日のメールやファックスに応えて集まってくれた20人の他、
県教祖など総勢40人。仕事を無理に遣り繰りして時間を捻りだし、
わずかな時間だけでも、と来てくれた仲間の存在に、感動。
溢れかえる傍聴者の数は、これまで全員協議会に傍聴の前例が
なかったことから考えれば、異例中の異例、と言えるだろう。

予定時間より約5分遅れての開会。議長による経緯説明。
今日・この場で採決までを行う、という意思が、議長の口から公然と示される。
そして議員からの意見。
「初めての全員協議会で、いきなり採決は無理じゃないのか?」
あたりまえだ
「議論はもう尽くされてきた。」…へ? いつ? どこで? 
「県民も傍聴に来ている。たった1回、30分で決着はおかしい」
そーだそーだ
 反対派の意見の際の、ファシスト議員からの口汚い野次と、
傍聴席からの拍手、という180度の対比が、すべてを物語っている。
 
それにしても、これは議論ではない。

意見表明だけが、
前の発言となんらの文脈的かかわりもなく、
繰り返されていく。
ひとつ前の発言に対する反論ですら、ないのだ。
ここは、意見表明の場であって、議論の場では、無いのだ。
 あたかも
「ここで議論をしてはいけない」
「前の発言者の内容に干渉してはいけない」
そんな見えざる掟が支配しているかのごとき空間に、眩暈を覚える。

否! 「あたかも」では無かった。
「いたずらに議論をすればいいわけではない。
議論が深まって考えが変わる議員など、いない」
 そういう意見が、、、、、、
信じられないかもしれないが、本当にあったのだ!
そんなものがまかり通るならば、議会は不要という他ない。
「選挙」で多数を占めた者が「王様」として、
なんでもできる社会なのだ、と宣言すればよろしい。
奴に二度と「議会」「民主主義」を語る資格は無い。
ましてそのような者が議員でい続ける資格は、断じて、ない。

 おそらく議論が成立しない原因それは、
議員の資質に求められるだけのものではないだろう。
第1に、最終的には決定を議長に一任することを前提に、
議員の「意見を言う場」と位置づけられた全員協議会の土俵に、
そもそもの問題はある。
そして第2に、それを含む議会全般のシステムそのものに
根本的な欠陥があるに違いない、とは思う。
数人の良識ある議員には、
どうにもならない問題がそこに横たわっていることは、
認めなければならない。
 しかし! それを差し引いても、
ファシストたちの「意見」の凄まじさに驚かされる。
仮に、議会システムに問題があろうとも、数年前には、もう少し、
ほんの少しではあるが、
まっとうな議論が交わされていた記憶を持つ身としては。
その驚愕すべき発言の一端を列記しよう。

「国を愛する気持ちがすべてにつながる」⇒「即採決しろ」
「旗を明確に掲げた上で福祉向上につとめるべき」⇒「即採決しろ」
「国歌斉唱で開会すべき」⇒「即採決しろ」
「護憲派が違和感を持つのが疑問」⇒「即採決しろ」
 
 マイクを通しての公式な発言で、これである。
反対議員への野次は、輪をかけて酷い。
口汚く、内容の欠落した罵詈雑言。
たまりかねた傍聴者の中のひとりから、
「静かに聴け!」との叫び声が発せられることを、
僕は止める気にさえ、ならなかった。
わけても印象的な野次は、
満蒙開拓団を送り込んだ信州の歴史に触れた議員に対する
「そんなこと言うんじゃねぇよ!」の罵声。
ホントに聞きたくないんだろうな。

 そして、ファシスト議員は言う。即日採決の不当さに触れながらも
「少数を踏みにじる旗ではなく、清く美しい国旗として掲揚してもらいたい」
 
 ここに僕たちがいなければ、そう眼差されていたかもしれない。
ここにいたことではじめて、現に、掲揚への道筋がまさに
「少数を踏みにじ」りながらなされていくものであることを、
白日の下に晒すことが、できる。
そして、どんなに不当な採決がこの後になされようとも、
この点だけは絶対に負けない。
議員の発言が「議論打ち切り」と「採決への移行」を
求める声へと収斂されていき、
「強行採決」の気配が急速に充満していく緊張感の中で、
その思いを、あらためて強めていった。
そしてそれは、
その場で傍聴していた全員のものであったと確信している。

これで終わりなのか?! 
……数年にもわたって何枚ともしれぬ文章を書き、何度も何度も県庁を訪れ、議員に頭を下げ、街頭に立ち、情報を集めては裏切られ、集会をもってきた……その結末が、この議論とすらも呼べない、たかだか30分の罵詈雑言の空間で……この闘いは、負けて終わるのか?!

 そんな思いに、駆られざるをえなかった。
全員協議会終了予定時刻であろう12:00から10分ほどの時が過ぎていた。

 一時は、本当に、強行採決を阻止できる兆しを見せていたのだ。何しろ13:00からは議会本会議が予定されており、12:15からは他の要件を持つ議員も一部にいたことを情報として事前に掴んでいた。
 したがって本来、11:30から12:00までの30分間を、議論の中で消化していきさえすれば、この抜き打ち的な場での採決は、最低限、阻止できたはずなのだ。
 そうすれば次の議会までの2ヶ月の中で、掲揚を廃案に持ち込むための議員への説得が展開できたはずなのだ。中間層の多い本件に限って言えば、そこに、充分な勝機があったことは、今でも疑っていない。

 しかし閉会の気配は見えず、採決への移行を議長に迫る推進派議員たちの発言と野次はエスカレートしていく。
そして、まずは「本件に関して本日、この場で決定をする」ことが「多数決」によって採択された。

 反対する議員たち「共産党」「県民協働・無所属ネット(社会党系)」「あおぞら」の県議たちは、その決定を受け、審議ボイコットに入る。突如として、全員で退場したのだ。

「本日中の採決強行決定」
そして、それを受けての反対派議員団の一斉退席。

 この反対派議員3会派の行動が、果たして有効であったのか否かは、後にあらためて、議論されなければならないだろう。

ただ、今、僕の視点からは2つのことが、言える。

 ひとつは、この3会派が会場から存在しなくなったことで、ただでさえも疑わしい「全員協議会」という場の成立にかかる正当性が、さらに著しく低下したこと。後々に至るまで、この場の存在と、その場での「採決」の手続き上の客観的正当性に、重大な疑問符を投げかけ続ける大きな根拠になるだろう、ということだ。

 もうひとつは、この3会派が会場から存在しなくなったことで、大勢としては(若干の例外があるものの)、推進派議員のみが、その後の議場を支配した、ということだ。ファシストにとっての天国が、一転、私たちにとっては地獄の風景が、そこに、あった。

 その地獄の中で、たちまちのうちに、「現在、出席している議員の3分の2による採決」という方針が、採用された。少し記憶に自信がないのだが、おそらく、この採用に関しては、形式として採決すらされていない。一議員の提案と、その提案への議長の同意だけだったように見える。
 しかし、それも、当然なのかもしれない。あらかじめ意思統一されている集団の天国にとって、形ばかりの「採決」などは、おそらく不必要な儀式に過ぎなかったのだろう。

その空間で、次に続く議論はありえない。採決に向けて気の早い議員は立ち上がり始めている。

悪夢だ。

この悪夢から、私は覚めなければならなかった。

 私を含む数名は立ち上がり、渾身の力を込めて声をあげた。
 「強行採決をやめろ!!」
……ただちに議長から制止の声が飛ぶ。
議員からの野次も飛ぶ。しかし、聞こえない。
聞こえるわけがない。
ブラックアウトしそうな視界の中で、議員たちは立ち上がりつつあることと、TVカメラが一斉にこちらを向いたことが、かすかに分かる。

「不当な決定を許さないぞ!!」
「「日の丸」掲揚反対!!」

いくつかの言葉を、搾り出すように響き渡らせるうちに、僕たちは3回の「退廷命令」を賜っていた。

 言うまでもないことだろうけど、議員でない僕たちが議場で立ち上がり、抗議の声をあげることは、「ルール違反」だ。
どちらが先に「ルール違反」をしたか、は、明白なのだが、一旦、それを置いておいた上で、そのことの責めは受けなければならないだろう。
誰も責めないというなら、私は自らを(一旦)責めよう。

 私からの呼びかけに応じて集まってくれた皆さんの中に、あるいはこの報告を読んでくれている方々の中に、この行動に賛同できない人がいることは、多分、当然のこととして、受け止めなければいけないと、考えている。
まして、集まった当日に、「やろう」と言われて、「じゃ、そうしましょ」と、声をあげることができる人は、決して多くは無い。
それでも予想よりも大きな声が、背後から私の背中を振動させたことは、正直、心強かった。

 そう。僕は、昨日のうちに、密かに決意をしていた。「もういよいよ後がない情況にまで至ってしまった場合は、声をあげよう」と。
そうすることでしか、沈黙した反対派議員を再燃させ、限られた時間内での採択を阻止する道を開く術は、ないだろう、と、判断していたのだ。

 ただ、それを事前に公表し、相談のうえ、共有できなかったのは、単に防諜上の理由からだ。
それでもこの場を借りて、集まった皆さんに、心底から、非礼をお詫びしたい。

 ただ、当然のことながら、集まった全員にそれを強いることも、過度に期待することも、断じて無かった、ということだけは付記しておこう。
「そうでない居方」をオルタナティブとして提示できたことで、最低限の「自由な参加の在りよう」を担保することはできたのではないだろうか。
それが議場「日の丸」掲揚との対立における本質的な課題のひとつである。
議場掲揚は、その場にいる者に対して、「日の丸」正視以外の「居方」を許さない。

久しぶりの仮眠ではない睡眠を満喫したら、報告がマスメディアよりも遅れてしまった。悔しい。
 記憶をさかのぼり、昨日に、戻ろう。


 当日提起した2つの方針。そして各々が現場で選択した2つの行動、「声をあげることで顕現化する行動」と「沈黙をもって、最後までその場を背負う行動」に、優劣は皆無だ。

 全員が声をあげずに粛々とそこにいたというなら、少なくとも推進派議員に
「少数者を踏みにじることなく清く正しい」掲揚プロセスというアリバイを与えてしまっただろう。僕たちは、採択を阻止しに行ったのであって、粛々となされる採択を見守りに行ったわけでは決してないのだ。結果的に、この行為による議事の遅滞や反対派議員の再燃に、大きな影響を与えられなかったとしても、それは、必要な行
為だった。
 逆に全員が声をあげ、中途退廷を強いられたならば、今頃僕たちは、その後の議場の流れと事実結果から遭難していたに違いない。そして最後まで議場に溢れる傍聴者の姿を議員に見せ続けたことは、とても重要だ。

 そして少なくとも(まったく少ない成果だが!)「完全な密室の中で少数者を踏みにじることなくおこなわれた採決」を阻止できたのは、勇気をもって「声をあげた」傍聴の仲間と、勇気をもって「声をあげなかった」傍聴の仲間たち、そしてそれぞれの地域に残り、この問題に固唾を呑んで注目してきた仲間たちの、必然的な連携
こそが勝ち取ったものだろう。

 ともかくも3度の退廷命令を受けて、これ以上は危険と判断し、胸を張って退廷できたのは、当然、後に残り、その場を任せられる仲間がいたからに、他ならない。

 中には、床に座り込み、その場で強制排除に抗して声をあげ続ける人もいた。腕を掴み、排除しようとする官吏に対して、「無理やり外に連れ出さないで」と発された抗議の声は、集まった市民だけではなく、別口の呼びかけで集まっていた組合労働者からも発せられた。

 僕は退席を強いられ、抗議のための集合予定地である敷地外に向かう。
 そこにはすでに、9人もの警備課2課(公安刑事)が待ち構えていた。
 ヤバイ?!
 しかし、ここでひるみを見せることで、公安につけこまれるわけにはいかない。
 三々五々、退廷してくる仲間たちが、一定、揃ったところで県議会庁舎に対して、万感の怒りを込めたアピールを繰り返す。
 最後まで議場にいた仲間が、戻ってくる。

 強行採決は行われ、ファシストたちのおぞましい祭りは、幕を閉じたという。
 時に12:20。45人中、賛成40。

誰もが顔を紅潮させ、怒りに震えていた。
 泣き出しそうな顔も、そこにはあった。
 おそらく、多くの参加者に共通していたのは、「絶対に許さない!」というアッパーな怒りというよりは、余りの議員たちの有様に怒りを通り越した「情けない!」という感情だったろう。
 この諦観を、僕たち自身のふがいなさに、その憎しみの在りように、すりかえてはならない。
 それはただ、抗議の声を共有することでのみ、次に続く建設的な怒りへと、再構築できると、その時、僕には、そう思えた。

 公安による妨害が始まる。僕は周囲を見回すと、これまで同行していた記者たちがいない。奴らは、報道関係者がいなくなった途端に、介入を始めたのだ。
「公安条例違反」
「許可を取れ」
 まったく不当な言いがかりだ。権力の定め、押し付けてきた条例からさえ、逸脱している。
 名指しの警告も、まったく根拠は無い。だから従う必要も、無い。
 僕たちは抗議の声をあげ続け、議会会場窓からこちらをうかがい続ける、あのうす汚く見えるスーツの男たちに怒りの声をたたきつけ、その日の行動を、終えた。


 時間の都合で、途中で行動から離脱し、今回の出来事やこちらの方針を充分に意見交換できなかった皆さん、挨拶さえろくにできなかった方々に、あらためてこの場を借り、結集へのお礼と、不十分な対応しかできなかったことへのお詫びを申し上げます。
 私からの報告には、積極的に私見を織り込んできましたが、取り組み総体としての総括を出すには、おそらくまだ議論が必要なのでしょう。本報告をたたき台に、議論の活性化を、望みます。「掲揚」強行の12月まで、時間はあまり多くはありません。
 そして、何より、「絶望禁止!」です。
                      西暦2004年10月9日
                      八木 航

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Comments

八木さん、ここに書き込んでくださってたんですね。ここ数年、Facebookがメインになってたので気づきませんでした。この春から在野に復帰ですが、これからも力をお貸しくださいませ。

Posted by: M.Nakagawa | March 26, 2015 at 11:59 AM

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